キリストの愛の実践に生きた 賀川豊彦

賀川豊彦  明治21年に神戸で生まれる。4歳のときに相次いで両親を病気で亡くし、父親の実家(鳴門市)に引き取られ、孤独な少年時代を過ごす。15歳の冬、英語を学ぶ目的で行った教会でクリスチャンになり洗礼を受ける。その後、哲学、心理学など幅広く学び、21歳のときに神戸のスラム街に移り住んで社会的弱者の救済活動に身を投じ、日本の社会運動の草分け的存在となる。 関東大震災ではボランティア活動や労働運動、農民運動などを展開。 昭和20年には「日本協同組合同盟」を結成して、生活協同組合などの組織を生み出す基礎をつくる。

 世界的な平和運動家でもあり、ガンジーやアインシュタインらとともに徴兵制廃止などを提唱。軍国主義が台頭し始めた昭和初期には反戦を唱え、戦後は一貫して戦争反対や核兵器廃絶運動を行い、「日本のガンジー」と呼ばれノーベル平和賞の候補にも挙げられた。

 著書は200冊以上。代表作「死線を越えて」は100万部を超えるベストセラーとなった。賀川はすべての本の印税、今のお金で10億円を越える価値と言われるお金を教会や労働運動、生協、福祉などすべて自分が関わった社会事業に使っている。小雀保育園の創立もこのひとつ。

 昭和34年、4月23日、伝道のために徳島へ向かう途中で倒れ天に召される。


賀川豊彦の祈り


天のお父様

教会を強めてください

日本を救ってください

世界を平和にしてください


シンボルマーク
小雀保育園

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